デイリー・クローズとは
今回は金融機関におけるデイリー・クローズ(daily close)を考察します。
これは別名ワン・デイ・クローズ(a one day close)やバーチャル・クローズ(virtual close)とも呼ばれたりします。どれも会計連結および帳簿を1日で閉じることを目指して、会計の早期化、経営戦略立案時間の創出および超効率化(DX)を全社で図るというビジョンです。
コロナ禍では、このビジョンに、「リモートワークでの完全クローズ」が加わって、元々どこでもいつでも会計をクローズできるという「バーチャル・クローズ」の「バーチャル」がリモートでのクローズを意味するようにもなりました。
これがビジョンだと言っているのは本当に1日でクローズできている企業は非常にまれであることです。ですので、デイリーというのは「できるだけ早くクローズ」と置き換えていただいてよろしいかと思います。
参考までにオラクル社の取り組みを紹介します。オラクル財務チームは、1 日でクローズ(a one day close)し、最終的にはタッチレス取引と会計に焦点を当てた自動クローズ、という野心的なビジョンに向けて前進しています。その結果、下記のような成果を報告しています。
●2021年9月S&P 500の他のどの企業よりも早く四半期および年次財務諸表を提出
●完全リモートワークにおいて、世界の銀行取引の約 92% が自動的に照合。数百の法人にわたるグローバルな企業間残高が 90 分で調整。経費の配分は 98% 削減。複数元帳、複数通貨の仕訳帳を使用して手動会計を 35% 削減
海外ではテクノロジー企業だけでなく、多くの金融機関もデイリー・クローズをチャレンジに掲げ、投資を行い、会計の早期化を実現しています。“daily close to forecast” “daily close programme”などのプロジェクト名で、最近ではグローバルで16の帳簿をクラウドベースの1帳簿に統合することにより、クローズを16日間から6日間に短縮したグローバルFGの事例も報告されています。
デイリー・クローズの本質的な価値
日本の金融機関では「なぜクローズが早いことが良いのか?」という根本的な議論がまだ十分になされていないように感じます。それではなぜ金融機関はデイリー・クローズを目指すのでしょうか。以下の3点をその本質的な価値と捉えているようです。
(1)財務会計におけるレジリエンス
金融機関においてデイリー・クローズの要求が最も高まったのがコロナ禍です。完全リモート環境下で、かつ当時導入された新しい規制「現在予想損失」などに対応するためには、デジタル化を促進し、デイリー・クローズによる最新財務レポートを経営陣に提出し、ステークホルダーにむけて開示の体制を整えておく。どのような事態でも経営レジリエンスを保つということが求められたのです。実際日本においては、いくつかの銀行で連結業績予想を「未定」として見送ってしまったケースがありました。
(2)経営戦略立案時間の創出
収益、経費、リスク、流動性、フォーキャスティングなどの各KPIをなるべく早く手にしたいというCEOの要求に応える必要があります。ある日本のCEO/CFOにこの問いをさせていただいたことがありますが、1か月で入手という回答から3か月という回答までありました。ある金融機関の意見を記載しておきます。
「そもそもクローズが早くないとどうやって市場との対話の時間をつくるのか。市場はBS/PLだけを見て判断するわけではない。自社が今後どうなっていくのかを知りたい。そのためにはクローズ後、フォーキャストデータを揃え、経営陣で多くの議論の時間をとらないといけない。そのためには必然的にクローズを早くするという方向性になるはず。」
(3)全社DXの推進
デイリー・クローズの大きな価値として、「全社DXの推進」というものがあります。海外金融機関ではCFOがDX推進タスクを持っていることもよくあり、財務部門を基点として全社のDXを図るという効率化を打ち出しています。これがどのようなものか、以下を読んでいただけたらと思います。ある日本の金融機関のエグゼクティブからオラクルのファイナンスSVPに対して「デイリー・クローズの価値は?」という質問をいただいた時のものです。
「お客様も弊社のように“a one day close”をぜひFGのCEOと合意してみてください。その際何が起こるでしょうか。これが主計部やファイナンスの活動だけでないことが分かるはずです。“ a one day close”とは全社レベルのDX活動を指すのです。早期クローズのためには行員の経費精算、外部との購買、固定資産の把握、顧客へのマーケティング、取引、契約、これらがすべてデジタルデータとして即座に揃う状態が必要です。つまり全社的なDX運動となるわけです。それは経営に多大な貢献をもたらします。」
デイリー・クローズにおける金融機関特有の課題
それでは実際にデイリー・クローズに取り組もうとした時の課題を見てみましょう。これは金融機関の会計クローズのプロセスを把握することで、いくつか指摘できると思いますので挙げていきます。
考慮点1.会計データソース
これは、仕訳用の会計明細データの包括的DBを指します。会計の自動化・早期化を妨げる一番の理由は商品/残高/契約等の明細データが揃っていないこと、構造化されていないことです。そのため仕訳前の明細データに加えて、仕訳明細も各会計基準用に保存できること、DBを上流に設計しておくことが望ましいです。これを基点にすることにより、後続のデジタル化、自動化がスムースになります。
考慮点2.規制対応計算処理
CECL(Current Expected Credit Loss) /ECL(Expected Credit Loss)のような現在予想損失、IFRS9/米国会計基準などのマルチGAAPへの対応などの規制/制度への対応のための計算処理を会計プロセスに組み込む必要があります。
考慮点3.内部取引
金融商品において、金融グループ内での内部取引を記載/処理できるようにしておく必要があります。
オラクルの金融機関向けベストプラクティス“Finance Modernization for Banking / Insurance ”
上記の金融機関特有の課題を踏まえた上で、デイリー・クローズを実現するため、オラクルは“Finance Modernization for Banking / Insurance ”として包括的なソリューションを提供しています。複数のG-SIBsに導入したノウハウをベストプラクティスとしてSaaS化しました。アーキテクチャは下記の図のようになります。

特徴的なポイントを4つ挙げてみましょう。
(1)会計データソースの提供
先程の課題で挙げた会計データソースを用意するために、オラクルは金融データモデルをDWHに提供し、すべての仕訳のための明細データ(仕訳明細も含む)を格納できるようにしました。この金融データモデルを内包した会計データソースは、Instrument Ledgerとも呼ばれ、後続の補助元帳(Sub Ledger)、総勘定元帳(General Ledger)とデータ連携が可能になっています。この連携による自動化効果がデイリー・クローズの基礎となっています。
ここで重要なのが、データ連携が会計データソース⇒総勘定元帳と連携されるだけでなく、総勘定元帳⇒会計データソースの方向でもデータ連携がなされ、勘定科目から明細データへのドリルダウンができる仕様となっていることです。米国やEUの当局はこの仕様を金融機関に求めています。財務諸表/注記に問題があった場合、それに紐づく明細データの提出が要求されます。これが即座に提供できないような体制が発覚した場合、ペナルティを課せられることもあります。オラクルの会計データソース/データモデルとアーキテクチャはこのような先行導入した金融機関のフィードバックに基づいて設計されています。
(2)完全なSaaSの提供
オラクルはアーキテクチャ図のすべての要素をSaaSとして提供可能です。Fit to Standardというコンセプトを元に、SaaSが内包するベストプラクティスをなるべく活用することで、自動化効果を目指します。内部取引のフラグと相殺、マルチGAAPの生成、財務諸表生成など、Excelマニュアルワークに依存することなく、ワークフローとAIにより自動化していきます。
(3)IFRS9エンジンの提供
現在日本でも金融商品の会計基準に関して、日本基準とIFRS基準のコンバージェンスが議論されています。https://www.asb.or.jp/jp/project/project_list/pj-20180620.html
予想信用損失モデルに基づく金融資産の減損について、IFRS9の相対的アプローチを採用したモデルを基礎としての検討があります。この対応も今後の会計効率化に大きな影響を及ぼしてくるでしょう。オラクルでは世界の金融機関で実績豊富なIFRS9エンジンを提供し、総勘定元帳を提供するOracle Fusion Cloud ERPとIFRS9の仕訳元帳の連携機能が実現可能です。
(4)勘定元帳統合アプローチ(グローバルシングルLedger)
連結はデイリー・クローズにとって高いハードルです。SaaSのメリットとして、勘定元帳の統合アプローチがしやすい点があります。勘定元帳統合にとって重要なのは、ローカルの勘定元帳からグローバル勘定元帳への勘定科目の変換、GAAP間の変換、通貨の変換をサポートすることです。オラクルはSaaS機能に仕訳生成エンジンを用意し、この変換作業を集中的にサポートします。
いかがでしょうか。皆様もデイリー・クローズに取り掛かる準備ができたのではないでしょうか。来るAI時代のためにも会計早期クローズを実現し、データを活用した経営戦略立案を日本の金融機関の経営スタンダードとしていくためのサポートをオラクルは今後も提供していきます。
オラクルのデイリー・クローズのためのソリューションは以下になります。
■Oracle Fusion Cloud ERP
https://www.oracle.com/jp/erp/
■Oracle Cloud Enterprise Performance Management (EPM)
https://www.oracle.com/jp/performance-management/
■Oracle Financial Services Loan Loss Provisioning and Forecasting
https://www.oracle.com/a/ocom/docs/industries/financial-services/ofs-loan-loss-forecasting-ds.pdf
■Oracle Accounting Foundation Cloud Service
オラクルが語る、金融業界の新潮流シリーズ
第1回「ESGを加速させるサプライチェーンファイナンスとオラクルの取り組み」
第3回「ROE向上のためのバランスシート計画と収益性分析アプローチ」パート1、パート2
