これまで、ICH M11による構造化プロトコール、Digital Data Flow(DDF)、USDM、さらにはConnectathonやFDA PRISMといった具体的なユースケースを通じて、臨床試験のデジタル化の流れを見てきました。(過去の記事はこちらからお読みいただけます)
今回は、その次の進化として注目されているAIとProtocol Intelligence について紹介します。
Protocol Intelligence
これまでの議論では、「プロトコールを構造化する」ことが前提となっていました。しかし現実には、多くのプロトコールは依然としてPDFやMS Word形式の文書として作成されています。そのため、構造化データを前提としたDigital Data Flowを実現するためには、既存の文書から情報を抽出するプロセスが必要となります。
そこで今回Oracleが取り組んだのがAIを活用したProtocol Intelligence です。自然言語処理(NLP)や機械学習(ML)を用いて、PDFのプロトコール文書から試験デザイン情報を抽出、そのデータを元にCDISCのレポジトリからCDASHベースでEDC画面を構築するのに必要なメタデータを抽出しUSDMに変換してEDC画面を自動的にセットアップしています。
図. Protocol Intelligence のコンセプト

具体的には、AIでは以下のような処理を行っています。
・Schedule of Activities(SoA)の抽出
・Visit構造の認識
・評価項目(Endpoints)の抽出
・選択除外基準(Eligibility Criteria)の解析
・用語の標準化(Controlled Terminologyとのマッピング)
これにより、従来はマニュアル作業で行っていたプロトコールに記載されている試験デザインの解釈・他システムへの入力作業を大幅に自動化することが可能になります。
一方で、現時点でのProtocol Intelligenceには現実的な制約も存在します。例えば、このパイロットではPDF形式のプロトコール文書からAIによって試験情報を抽出しましたが、このアプローチにはいくつかの限界があります。
・(正確な)文書を作成しなければならない
・PDFが作成されない限りAIによる解析が開始できない
・更新されたPDFがアップロードされなければ差分を検出できない
・文書ベースであるためリアルタイム性に欠ける
つまり、「文書」を起点とする限り、真の意味での自動化には限界があるという点です。では、あるべきAI活用の姿とはどのようなものでしょうか。
Digital First Strategy
将来的には、臨床試験プロトコール自体を文書としてではなく、ツール上でプロトコールを最初から構造化データとして直接作成するDigital First Strategyが理想となると考えています。この考え方では、プロトコールはWord文書を起点とするのではなく、構造化されたデータモデルを起点として作成され、さらに、過去の試験情報が蓄積されたメタデータレポジトリを基盤とし、
・適応
・試験フェーズ
・主要評価項目
といった基本的な情報を入力するだけで、AIが自動的にプロトコールを生成するような仕組みが期待されます。
そうすれば
システム上でプロトコール作成
→構造化データ(USDM)
→各種システムへ自動反映
→改訂時も自動でアップデート
という、完全にデータドリブンなエンドツーエンドのプロセスが実現されることになります。
すなわち、
非構造化文書 → AIで構造化(現在)
から
最初から構造化(Digital Protocol) → データ蓄積 × AI活用(将来)
への進化です。
データ蓄積 × AI活用
重要なのは、こうしたAIを活用したデータ抽出を通じてプロトコールのメタデータレポジトリを構築できる点です。特にAIを活用していくにあたり、多様性のあるデータ蓄積が極めて重要になりますが、現時点でそういったレポジトリは商業ベースでは販売・提供されておらず、これからマニュアル作業で構造化プロトコールを作ってレポジトリを構築するとしても多くの時間と多くの人的リソースが必要になり必ずしも現実的とは言えません。
AIに活用するのに重要なのがデータの質を評価する5つのV(5Vs)です。
・Volume(量):十分なデータ量があるか
・Value(価値):価値があるデータか
・Variety(多様性):バラエティに富んでいるか
・Velocity(速さ):データが継続的に更新・蓄積されているか
・Veracity(正確性):データの品質・信頼性が担保されているか
既存のPDFプロトコールから抽出された臨床試験デザイン情報をメタデータとして蓄積することで、たとえ個々のプロトコールの構造化の精度は完全でなくても、データを集積することによって、将来的にAIが学習可能な十分なデータ基盤を形成することができます。「まずは抽出し、蓄積する」というアプローチを取ることで、段階的にデータ資産を構築し、その後のAI活用につなげることが可能になります。将来的には、この蓄積されたデータを活用して、
・構造化プロトコールの自動生成
・過去に実施した類似試験との比較による設計の最適化
・不整合や抜け漏れの検出
・リスクの予測
といった高度な活用が可能になると考えられます。
まとめ
このように、Digital Protocol × Digital Data Flow × AIという3つの要素が統合されることで、臨床試験は「文書中心」から「データ中心」へと大きく進化していくことになると思います。
重要なのは、その未来に向けた第一歩はすでに始まっているという点です。
「まずは抽出し、蓄積する」
このアプローチによってデータ基盤を構築し、段階的に高度な自動化へと移行していくことが、現実的かつ効果的な戦略となるでしょう。
本シリーズで紹介してきた取り組みは、すでに一部では実装が始まっています。今後は、各企業がどのようにデータを蓄積し、AIを活用していくかが、競争力の重要な差別化要因となるでしょう。
次回は、Digital Protocolにどのように向き合えばいいのか、どこから取り組めばいいのか、Q&A形式で回答したいと思います。
