背景

臨床試験のプロトコールは、臨床試験の実施および解析に関する方法や手順を定義する、臨床開発において最も重要な文書の一つです。しかし現在のプロトコールは、主にWordやPDFといった文書形式で作成されており、自由度が高く(改変しやすく)、NIH-FDA Clinical Trial Template、TransCelerate Biopharma Inc. Common Protocol Template (CPT)、EU-PEARL’s Suite of master protocol templatesなどの各団体からテンプレートは公開されているものの、治験依頼者間で一貫性を保つための国際的に統一されたフォーマットや構造に関する標準はこれまで十分に確立されてきませんでした。

治験依頼者ごとにプロトコールのフォーマットや記載内容にばらつきがあることは、プロトコールの検索やレビューを行う際の非効率性や困難さの一因となっています。標準化されたテンプレートを使用することで、品質の高い(ヌケモレのない)プロトコール作成ができるだけでなく、試験実施計画書間で構成や配置を統一することが可能になります。その結果、規制当局、治験実施医療機関、CROなど、すべてのステークホルダーが同じ構造で情報を理解しやすくなるというメリットがあります。こうした課題を解決するためにICHが策定したのが、ICH M11 (Clinical Electronic Structured Harmonised Protocol: CeSHarP) です。

現在の状況

ICH M11は2025年11月にICH Step 4に到達しました。ICHガイドラインにおけるStep 4は、各地域の規制当局がガイドラインの内容に合意し、最終版として採択された段階を意味します。これにより、M11は正式なICHガイドラインとして各地域で実装に向けた準備が進められるフェーズに入りました。

2025年12月には欧州医薬品庁(EMA)が、ICH M11ガイドラインを2026年6月11日に “Coming into effect” とすることを公表しました。EMAにおける「Coming into effect」とは、ガイドラインが正式に施行され、規制当局および企業がそのガイドラインに基づいて業務を行うことが期待される状態を意味しています。必ずしも直ちにすべての申請において必須となるわけではありませんが、規制レビューや申請プロセスにおいて受け入れ可能な標準として扱われることになります。

https://www.ema.europa.eu/en/documents/regulatory-procedural-guideline/ich-m11-guideline-clinical-electronic-structured-harmonised-protocol-cesharp-step-5_en.pdf

さらに、2026年5月には米国FDAがICH M11に関する最終版のGuidance for Industry を公表しました。

https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/m11-clinical-electronic-structured-harmonised-protocol

  • 現時点では義務化ではなくあくまでRecommendation。時期についても触れられていない。
  • XMLベースの構造化プロトコール提出については触れられていない。FDA Data Standards Catalogueにも変更はない
  • 当面は、M11 Templateに沿ったプロトコールを作成し、現行のeCTD要件に従って検索可能なPDFとして提出することで問題ない(はず)

現時点においては義務化でないとは言え、これにより、米国においてもICH M11の実装に向けた規制上の位置づけが明確になりました。

M11の構成

M11は主に以下の2つの要素で構成されています。

  • Template: 臨床試験プロトコールの標準テンプレート
  • Technical Specification: プロトコール情報を機械可読なデータ構造として表現するための技術仕様。

この技術仕様に基づきプロトコールを単なる文章ではなく、構造化されたメタデータとして管理できるようになり、プロトコール情報をさまざまなシステムで活用することが可能になります。つまり、プロトコールは単なる文書ではなく、臨床試験データフローの起点となるデータソースとして位置付けられることになります。

この考え方は、後に紹介するDigital Data Flow (DDF)の基盤となる重要な概念でもあります。プロトコールを構造化データとして扱うことで、試験デザインの情報をEDC、eCOA、RTSM、CTMSなどの各種システムへデータ連携することが可能になり、臨床試験のセットアッププロセスを大きく変革する可能性があります。

次回は、TransCelerate Biopharma Inc. が提唱している Digital Data Flow コンセプトについて紹介します。